SaaSのビジネスにおけるコストはさまざまありますが、カスタマーサクセスに取り組む企業が注目するべきものとしてCRC(顧客維持コスト)が挙げられます。
SaaSビジネスにおける既存顧客からの収益がますます重要になっており、それを支えるカスタマーサクセスのコストであるCRCはビジネスの健全性を判断する最重要指標のひとつなのです。
この記事では、カスタマーサクセスのコストおよびCRCの定義と重要性に始まり、企業フェーズごとの金額の目安やコスト最適化のために何が必要かまで、くわしく解説します。
カスタマーサクセスのコスト CRCとは?
まずはカスタマーサクセスのコストであるCRCがどんなものかを知りましょう。
CRCとは?
CRCとは「Customer Retention Cost」の略で、企業が既存顧客を維持するのに必要なコストをさします。
以下のようなさらに細かいコストから成り立っていて、それぞれのコストの合計でCRCが決まります。
- 人件費
各チームのメンバーの雇用にかかる固定費用。支援チーム、契約更新をはじめとするアカウントマネジメントチーム、テックタッチチーム、Opsチームなど、分類は企業によって異なります。
- デジタルツール・システム費用
業務効率化ツール、データ分析システム、テックタッチサイトや動画配信など、CSチームの活動に関わるデジタルツールやシステムの利用にかかる費用。
- プログラム実施費用
通常業務の中で行われる支援とは別に、有償のプロフェッショナルサービスやカスタマーマーケティングなどで行う特別なプログラムの実施にかかる費用。
なぜCRCについて考える必要があるの?
既存顧客の維持にかかるコストを表したCRCですが、なぜSaaSにとって重要なのでしょうか?
SaaSのビジネスモデルは、顧客に長く製品を使ってもらい、定常的な収益を発生させることで成り立っています。つまり、既存顧客との関係をどうやって維持するかが生命線です。
そして、そうした顧客維持のための活動にどれだけコストをかけているかを知ることは、カスタマーサクセスの支援が十分できているか、ビジネスの健全性を保てているかを図るうえで欠かせません。
CRCが多すぎると、投資家からの評価が下がり、資金調達が難しくなる可能性があります。逆に少なすぎても、顧客に十分な支援を届けられず、顧客体験の悪化や解約率の上昇といったリスクが生まれるでしょう。
実際にCRCが多いか少ないかを判断するには、絶対的な数字を見るのではなく、以下のように求められるCRC比率(売上に対するCRCの割合)を基準にしましょう。
CRC比率=年間CRC/ARR
企業フェーズごとのCRC比率の目安
続いて、具体的なCRC比率の目安を見ていきましょう。企業のフェーズによって適切な水準が異なるため、自社のフェーズを頭に入れて比べてみてください。
〜プレシリーズA
おおまかに創業から製品の正式リリースまでのこの期間では、創業メンバーを中心に泥臭くカスタマーサクセス全体をカバーするのが一般的です。
マンパワーに頼った非効率な支援も多いため、CRCは30%程度と高めになります。
内訳は人件費が9割近くを占め、この時点ではツールやプログラムにかかる費用はほとんどゼロに近いでしょう。
シリーズA
正式リリースからプロダクトマーケットフィットを実現するまでのこの段階では、これまで経営陣が担っていたカスタマーサクセスを新たに採用した専任担当者にパスしていきます。
リソースに余裕ができて少しずつ業務の整理や顧客データの分析などに取り組めるため、CRC比率も20%ほどまで下がってくるでしょう。
支援方法はまだハイタッチが中心で、人件費がCRC全体の8割ほどを占めます。
シリーズB〜D
シリーズB以降では、カスタマーサクセスのメンバーが5〜10名程度まで増えてチームとして活動するようになります。
Opsへの取り組みも始まって役割分担や業務整理もグッと進み、CRC比率は15%ほどまで下がってくるでしょう。
また、SFAの利用や、CSサイトや動画コンテンツを活用したテックタッチの本格導入を始めるのもこのタイミングで、CRCに占める人件費率は7割〜8割程度まで減り、代わりにデジタルツールの割合が増えてきます。
プレIPO
上場を控える段階までくると、カスタマーサクセスの担当者は数十人になり、Opsや企画職を含む大規模な組織として活動することになります。
専任チームの立ち上げによってオペレーションの効率がさらに高まり、CRC比率は10%ほどまで下がります。
また、テックタッチがシリーズD以前よりもさらに広い領域で導入されるようになるため、人件費の比率がより下がってくるでしょう。
CRCを最適化するには何が必要?
もしもCRCがフェーズごとの目安よりも高くなってしまっている場合には、どんな取り組みをすれば最適化できるのでしょうか。
1.テックタッチ導入
ハイタッチを中心に支援を行っている場合、段階的にテックタッチを導入していくことで人にかかるコストの最適化につながります。
特にオンボーディングで同じ操作説明を何度も繰り返していたり、講習会に費用をかけているような場合には、Web上にFAQやトレーニングサイトを構築するだけでも大幅な工数削減が期待できるでしょう。
効率の良いテックタッチ環境が整備できれば、浮いたリソースで重要顧客の支援や付加価値の高い支援に担当者が集中できるようになるため、CRCが下がると同時に売上アップにもつながります。
2.セルフエデュケーション環境整備
顧客が自分自身で学習する環境を作ることも人件費の最適化につながります。
トレーニングサイト構築、チュートリアル実装、ヘルプコンテンツの充実などを通じて「不明点がある時はまず自分で学ぶ」という顧客体験の流れを作ることで、問い合わせ数やトレーニングコストを削減できます。
また、顧客自身の学習意欲や製品理解度の向上にもつながるため、エンゲージメントを高め、売上をアップするのにも役立ちます。
3.製品の改善
顧客体験のコアになるのはあくまで製品。つまり、製品を顧客にとって使いやすいものにできれば、それだけでエンゲージメントを高めることにつながり、維持のためのコストを抑えられます。
製品改善には開発はもちろんセールスの意図も関わってきますが、カスタマーサクセスも常に顧客目線を持ち込みましょう。
VOCを社内のコミュニケーションツールや資料で共有したり、要望をもとに機能改善の提案を積極的に行ったりしてイニシアチブをとって、顧客が使いやすい製品に近づけていきます。
まとめ
SaaSのビジネスモデルにおいて、既存顧客との関係をどうやって維持するかはとても重要。そして、そのコストであるCRCはビジネスの健全性を測るうえで欠かせません。
CRCを適切な水準に保つことができれば、顧客に十分な支援を行いながら健全なビジネスを維持できます。
適切な水準はフェーズによって異なり、創業から日の浅い企業なら30%程度、上場前であれば10%を目安にすると良いでしょう。
もしCRCの比率が目安よりも高くなっている場合は、テックタッチの導入やセルフエデュケーション環境の整備、製品の改善を進めることで最適化できます。
まずは自社のCRCとその比率を算出してみて、改善の余地がないか探ってみましょう。