アメリカのサクセスコーチング社が、「認定カスタマーサクセスマネージャー」(以下、CCSM)という認定制度を行っています(*1)。
規定のカリキュラムに沿って学習し、スキルを獲得できたと認められるとCCSMを名乗ることができます。
SaaSを提供している企業のなかには、カスタマーサクセス(顧客が「成功した」と実感すること、CS)を実現するカスタマーサクセス業務の重要性に気がついている会社もあります。
カスタマーサクセス業務を理解するのに、このCCSMのカリキュラムが参考になります。
この記事ではカリキュラムの全貌を明らかにしたうえで、カスタマーサクセスの本質に迫っていきます。
*1:カスタマーサクセストレーニングカリキュラム | SuccessCOACHING
認定カスタマーサクセスマネージャーと
サクセスコーチング社のCCSMは、カスタマーサクセス業務の管理職であるカスタマーサクセスマネージャーに求められる知識やスキルを身につけるための資格です。
カスタマーサクセス業務は、SaaSを提供している企業が既存客のライフ・タイム・バリュー(LTV)を最大化しようとするときに欠かせない仕事といえます。
しかしカスタマーサクセス業務はまだSaaS業界に根づいてなく、手探り状態の企業も少なくないはずです。そのため効率の悪いカスタマーサクセス業務を強いられているSaaS企業は、コスト高という課題を抱えています。
CCSMの資格を取得することはカスタマーサクセス業務を効率化するのにプラスになりますが、アメリカの資格のため日本企業の日本人担当者にはハードルが高い存在です。
そこで「CCSMのカリキュラムを学んでみましょう」というのがこの記事の趣旨になります。
以下では、CCSMのカリキュラムの英文を翻訳したうえで解説を加えています。
CCSMカリキュラムの5つのレベルが教えること
CCSMのカリキュラムはレベル1~5の5段階にわかれていて、少しずつ難易度を上げて学習していくことができます。
各レベルは12項目で構成されています。
それぞれのレベルで教わることをみてきましょう。
レベル1で教わること
レベル1で強調しているのは「顧客中心主義であれ」ということです。カスタマーサクセス業務は既存客にフォーカスするので、顧客が求めるものを提供する仕事といえ、顧客を中心に据えるのは当然のことといえます。
しかしカリキュラムでは「顧客中心主義と言うのは簡単だが、実際にそれを実践するのは難しい」と注意喚起しています。
顧客中心主義を徹底するには、戦術が必要になります。
戦術の1つにサクセスプランがあります。カスタマーサクセス担当者は顧客と長期間関わることになるので、それは「旅」のようなものと考えることができます。旅は計画を立てることで充実したものになります。サクセスプランは、カスタマーサクセスという旅の計画づくりになります。
戦術その2はコンサルティングです。顧客中心主義を実行するには顧客のことや顧客のニーズを知る必要があり、そのためにカスタマーサクセス担当者にはコンサルティング・スキルが必要になります。
また、離反した顧客に戻ってきてもらう方法や、いわゆる「厄介な顧客」を見分けて対処していく方法なども考えていかなければなりません。
レベル2で教わること
レベル2ではカスタマーサクセス担当者を育成する方法と、担当者と顧客との関係性について学びます。
まず担当者の育成ですが、カリキュラムは「報酬を与えるには目標の設定が必要である」と説きます。
カスタマーサクセス担当者は営業担当者との連携が欠かせず、両者で目標と優先事項を一致させていきます。カスタマーサクセス担当者にとって営業担当者は重要パートナーです。
カスタマーサクセス担当者と顧客の関係を強化するにはエンゲージメントモデルをつくったほうがよいでしょう。具体的には、エンゲージメントのレベルを1から4段階ほど作成し、それに沿ったタッチモデルをつくります。エンゲージメントとは深いつながりという意味で、これに対応した支援をモデル化できれば、カスタマーサクセス担当者は再現性をもってお客様のフォローができます。
「顧客の健康状態」という概念は、解約リスクが高い顧客を「不健康」とみなし、健康を回復していく取り組みをしていくという考え方です。カスタマーサクセス担当者は、解約リスクの指標を設定し、それを監視、追跡する必要があります。
解約リスクを高める要因の1つが、顧客ニーズと製品のギャップです。ギャップを埋めるコミュニケーションの方策を持つことが、カスタマーサクセス担当者に求められます。そしてギャップを埋める方策を練るには、顧客からいつでもフィードバックを得られるようにしておかなければなりません。
「満足している顧客」を「熱狂的なファン」にすることができれば、顧客との関係は強化できたといえます。
レベル3で教わること
レベル3では、カスタマーサクセス担当者がこの仕事にどのように向き合っていけばよいのかを学ぶことができます。
具体的に「こうしなさい」とアドバイスしているので箇条書きで確認していきます。
■カスタマーサクセス担当者はこの仕事にどう向き合うべきか
- カスタマーサクセス担当自体が仕事にやりがいを感じれば、顧客を成功に導くことは容易です。そのために自身のキャリア開発戦略を構築していきましょう。
- カスタマーサクセスを行う仕事環境を再構築して、コントロールできるようにしましょう。自身のワークフローを設計し、仕事をスムーズに進められるようにします。
- 顧客エンゲージメントを強化する取り組みは定期的に実施します。顧客は予測不能なニーズを持つものなので、担当者はそれに柔軟に対応できなければなりません。
- 製品パフォーマンスを測る指標を設定し、それを顧客と共有していきます。こうすることで顧客と一緒に価値を高めていくことができます。これがカスタマーサクセスを創造する取り組みです。
- カスタマーサクセス担当者は、顧客のために社内に変化を促していく必要があります。しかし社内を変えることは簡単ではないので、データと説得力ある議論によって変えていかなければなりません。
- 解決を急がなければならない課題や決断を困難にさせる要因は、顧客に価値を提供するうえでの障害物となります。このときOODAループ、SWOT分析、IDEAL、5Whysといったフレームワークが有効になるのでこれらを身につけましょう。
- 顧客から信頼され信用されなければ、カスタマーサクセス担当者の成功はありません。パーソナルブランド(自分自身をブランド化すること)を実施して顧客への影響力を高めていきましょう。
いずれのアドバイスも具体的で、カスタマーサクセス担当者が「やらなければならないこと」が明確に示されています。
レベル4で教わること
ベル4も3に続き、カスタマーサクセス担当者がこの仕事にどのように向き合えばよいのか指南しています。より高度でより難解な仕事をこなしていくのに必要なスキルや技術を学べます。
カリキュラムではストーリーテリングを重視せよと教えています。ストーリーテリングとは、顧客が持つストーリーを、カスタマーサクセス担当者が代弁する形で語る仕事といえます。顧客のストーリーを語るということは、カスタマーサクセス担当者には深い顧客理解が必要です。
ストーリーは顧客の本質。ストーリーテリングはカスタマーサクセス業務で貴重なツールになりえます。
もう1つ重要なツールになるのがネット・プロモーター・スコア(以下、NPS)です。NPSは、顧客の自社製品への愛着度である顧客ロイヤリティを測る指標です。
顧客からのフィードバックがスムーズにいくほど、NPSが高くなります。そしてNPSが高くなればCX(顧客体験)にイノベーションを起こすことができます。
顧客というものは不満を持つものです。そこでカスタマーサクセス担当者は、顧客と同調する方法を身につける必要があります。NPSに現れない顧客の機微を理解するには、コミュニケーション・スキルを高めるべきです。定量、定性の両面で顧客の愛着度を測り、顧客の不満を減らし、離反を防止します。
カスタマーサクセス担当者は、時間を効率的に使い、効果的なミーティングを開き、結果を出す交渉をしなければなりません。そのためにカリキュラムでは、エクセルとグーグル・シートの利用を推奨しています。
さらに、社内の経営陣のサポートを受けるように、とアドバイスしています。
レベル4は「アウトアムベースの販売」を心がけましょう、と結んでいます。アウトカムベースの販売とは、結果を重視する販売という意味ですが、ここではさらに、顧客との関係に悪影響を与えることなく収益を上げていくことが重要であると説いています。
レベル5で教わること
最終章であるレベル5では、カスタマーサクセス担当者としてのキャリアを高めるために、能力とスキルセットを拡大していくことを目指します。
ここでの教えもかなり具体的です。1つずつ紹介します。
■カスタマーサクセス担当者は顧客と社内組織との橋渡し役でなければならない
カスタマーサクセス担当者は、顧客の要望を理解して、顧客が最も重視することを知り、それを自社の開発チームや製造チームに伝えていかなければなりません。
■顧客の学習プログラムを構築する
カスタマーサクセス担当者は「顧客は学習する」という考え方を持ち、顧客の製品学習プログラムをつくっていかなければなりません。
■ステークホルダーマッピングを活用する
1人離脱しただけでビジネスに大きな影響を与える、という重要顧客がいるものです。そのような顧客との関係を深めるには戦略的な取り組みが必要です。ステークホルダーマッピングをつくり、それぞれの顧客の立ち位置を把握して、それぞれの顧客にアプローチしていかなければなりません。
■断り方を学ぶ
どうしても自社製品と顧客とのギャップが埋められないとき、カスタマーサクセス担当者は顧客にNOと回答しなければなりません。しかしギャップを解消できれば離反しても戻ってきてもらえるので、そのためカスタマーサクセス担当者は上手な断り方を学ぶ必要があります。
■顧客への影響力を高める
カスタマーサクセス担当者は、顧客を製品に引き込ませることはできません。なぜなら顧客が製品に引き込まれるかどうかは製品の機能や性能などによるところが大きいからです。
しかしカスタマーサクセス担当者は、顧客に影響を与えることはできます。顧客を成功に導くために(カスタマーサクセスを実現させるために)、カスタマーサクセス担当者が自身の影響力を高めていくことは有効です。
そのためにはプレゼンテーション・スキルを磨いたり、顧客から共感を得るスキルを身につけたりしなければなりません。
■アクティブリスニングで顧客との関係を深める
能動的に聴く力であるアクティブリスニングは、カスタマーサクセス担当者に必須のスキルといえます。
この能力を身につけることで、顧客に提供する価値という点と企業の目的という点を結ぶことができます。
カスタマーサクセスの実現は、企業が生き残るための核になる要素といえます。
まとめに代えて~あとは実行あるのみ
SaaSビジネスでは、顧客にいかに長く製品を使ってもらえるかが鍵を握ります。なぜならSaaSビジネスでは、顧客にいつでも離反する自由を与えているからです。
離反を招かないためには、SaaS企業は顧客に常に成功体験を与える必要があり、つまりカスタマーサクセスが鍵となるわけです。
カスタマーサクセス業務が難しい仕事になってしまうのは、顧客は簡単には「成功した」と感じないからです。そして少しでも不満を感じると離反してしまいます。
認定カスタマーサクセスマネージャーのためのカリキュラムを紹介しましたが、そのボリュームの大きさからこの仕事の難しさを再認識したのではないでしょうか。
しかしその一方でこのカリキュラムは「これをすればカスタマーサクセスを成功に導ける」と教えています。「やること」がわかったら、あとは実行に移すだけです。