SaaS企業を中心とした現代のビジネスモデルにおいては、顧客からの継続的な売上が主な収益源ですが、これを維持するためには既存顧客に対するリテンション(継続・維持)のはたらきかけが欠かせません。
そして、契約後に顧客との関係を構築するカスタマーサクセスは、必然的にリテンションと深く関わることになります。では、カスタマーサクセスがリテンション向上のためにできることはどのようなものがあるのでしょうか。
リテンションの重要性についても解説しながら、効果的な取り組みを6つピックアップして紹介します。
なぜリテンションが重要なのか
はじめに、リテンションがSaaSのビジネスモデルにおいてなぜ重要なのかを解説します。
初期売上<継続売上
SaaS企業における、買い切りではなく継続課金によって利益を得るサブスクリプション型のビジネスモデルでは、新規契約による初期売上は小さく、一般的には全体の5%~30%ほどしかありません。対して、既存顧客の継続課金や契約更新、アップセル・クロスセルによってもたらされる売上は最大で95%にのぼります。
新規契約の獲得だけで収益をあげることは難しく、既存顧客からの売上を維持・拡大することは経営上欠かせないのです。
契約コストの回収には継続利用が必須
単体の契約を見ても、継続利用の重要性がうかがえます。
新規契約の獲得には、当然ながらマーケティング・営業によるコストがかかってきます。顧客との関係から得られる価値(LTV)を基準に考えると、新規契約の時点でこの値はマイナスになります。また、前述の通り初期売上は小さいため、ある程度の期間継続して利用してもらってはじめて、契約コストが回収でき、LTVがプラスに転じるのです。
なお、顧客の契約期間は、以下のような式によって想定することができます。
1÷(月次平均)解約率=想定契約期間
契約コストを回収するための期間は12ヶ月〜24ヶ月と言われます。契約期間が長くなればなるほどLTVがプラスに転じていくため、リテンションによって解約率を抑えることは大きなインパクトがあるのです。
既存顧客の契約更新は新規契約に比べてコストも小さい
新規顧客と既存顧客、それぞれの契約にかかるコストの違いにも注目しましょう。「1:5の法則」で表されるように、新規顧客の獲得は、既存顧客の継続の5倍ほどのコストがかかると言われます。そして、前述の通り契約コストの回収には長い時間がかかります。
新規顧客の獲得が重要であることは言うまでもありませんが、ROIの観点から見れば、リテンションによって既存顧客の継続を勝ち取ることはそれ以上に重要と言えるでしょう。
ネガティブチャーン
リテンション向上の取り組みにおけるひとつの目標として、ネガティブチャーンが挙げられます。解約による減収を既存顧客のエクスパンション/アップセル・クロスセルによる増収が上回り、ネットチャーンレート(収益ベースの解約率)はマイナスになった状態を指します。
ネットチャーンレートが数%異なるだけで、数年後の収益額(MRR)には大きな差が生まれます。ネガティブチャーンという理想的な状態を実現できれば、ビジネスの加速度的な成長が期待できるのです。
カスタマーサクセスとリテンションの関係
契約後に顧客との関係を構築し、成功に導くカスタマーサクセスの役割は、リテンションの向上と目的をひとつにしており、良質なカスタマーサクセスがそのままリテンションを高めることにつながります。
特に、解約リスクの大きい顧客への対応、オンボーディングや教育コンテンツの整備などの体験設計は効果的な取り組みと言えるでしょう。次章では、その内容について詳しく見ていきます。
カスタマーサクセスがリテンションを高めるための取り組み6選
カスタマーサクセスがリテンションを高めるための取り組みとして、特に重要なものを6つ解説します。
① 解約リスクの特定
リテンションにおいて何よりも注意すべきは解約です。契約更新までの日数、コミュニケーションの温度感、ヘルススコア等によって、解約リスクの大きい顧客を特定し、個別に不満や課題のヒアリングを行い、対応しましょう。
また、すでに解約してしまった顧客についても分析を行います。アンケートなどの定性コメント、カスタマージャーニーの各プロセスでのKPI(オンボーディング完了率、ヘルススコア、NPSなど)をもとに、支援のどのプロセスに問題があったかを特定しましょう。
② 顧客状態の可視化
こうしたリスク特定の精度を高めるほか、より的確な支援を実現するために、顧客の状態は常に可視化しておく必要があります。
ヘルススコアが代表的ですが、それに加えてToDoの進捗チェックやステータスの可視化、アンケートの実施などができるカスタマーサクセスプラットフォームを導入することができれば、より効果的でしょう。
③ オンボーディング
顧客のロイヤルティは、初期段階での体験に左右されます。つまり、オンボーディングが成功するかどうかがリテンションに大きく影響するのです。
サービスの操作や機能への習熟といった基本的な内容はもちろん、サービスを通じて実現したい目標、サービスの価値を顧客にはっきりと理解してもらうことが必要です。
また、KPIを設定し、進捗に合わせてフォローすることも忘れてはいけません。
④ セルフラーニング環境の整備
オンボーディングをはじめとした教育とは別に、顧客が自発的に学習を行えるような環境の整備も進め、徐々にそちらに軸足を移していきましょう。
マニュアルやQ&Aページの充実、チュートリアル機能や動画の制作、アプリ内でのチャット機能の実装などが当てはまります。こうした内容をまとめてカバーできるカスタマーサクセスプラットフォームの導入も有効でしょう。
⑤ ユーザーコミュニティの運営
支援側が働きかける取り組みだけでなく、ユーザー同士がサービスについて議論を交わす場を作ることも効果的です。
顧客の規模や業界ごとの勉強会の開催や、優良ユーザーに対する表彰、オンラインコミュニティの設営などが当てはまります。
操作や機能に関する課題や活用事例の共有を同じユーザーの目線で行うことで、サービスを自分ごととして理解することにつながり、結果としてリテンションの向上に繋がります。
⑥ サービス改善
カスタマーサクセスによる直接的な支援とは異なりますが、顧客にとってもっとも重要でコアになる要素として、サービス自体の改善は避けては通れません。
UI、UXが顧客にとって快適なものになっているか、各機能は顧客が目標を達成するために十分な内容になっているかは顧客体験の大部分を決定します。
カスタマーサクセスの目線で言えば、支援を通じて顧客から吸い上げた改善点を取りまとめて開発に共有し、アップデートが行われた際には顧客への周知を行うといった対応が必要になります。
まとめ
既存顧客からの売上が収益源であるSaaSにとって、そうした顧客との関係を継続・維持するリテンションは経営上きわめて重要なポイントです。リテンションを高めてネットチャーンを改善することができれば、中長期的な収益の向上が見込め、ビジネスの成長を加速させることができます。
そして、カスタマーサクセスの取り組みはそうしたリテンションの向上と共通した目的を持ちます。特にオンボーディングを中心とした体験設計は顧客ロイヤルティを高めることに繋がり、リテンションにも大きな影響を与えるため、欠かせない取り組みと言えます。