SaaSビジネスにおいては、増加しつづける顧客に対して高いエンゲージメントを維持することが重要になります。これに対してカスタマーサクセスはどのような施策を行えるのでしょうか。
その答えの一つと言われるがテックタッチです。
ところが、多くのカスタマーサクセス部門では、テックタッチをACV(Annual Contract Value:年間契約額)により顧客やユーザーを区分するための手法だと捉えています。つまり、低単価層の顧客に対応する施策だと誤った解釈をしています。
しかしテックタッチは、省人化により手厚いカスタマーサクセスを諦める施策ではありません。その逆で、人とテクノロジーのリソースを最適に配分することで顧客体験を底上げすることが価値です。
そこで今回は、テックタッチの意義とアプローチ方法の再確認を行います。
これまでのテックタッチ戦略がうまくいきにくい理由
まず、従来のテックタッチ戦略がうまく行きにくい理由について考えてみましょう。
テックタッチ戦略は顧客のセグメント化ではない
テックタッチ戦略とは、一度に多数の顧客に対して良い影響を与えるためのデジタルコミュニケーションを自動的に提供することです。
ところが多くのカスタマーサクセスマネージャー(CSM)は、テックタッチ戦略をACVの低い顧客層とACVの高い顧客層に区分して行う手法だと捉えているようです。
確かにこの捉え方だと、CSMのリソースを効率的に活用する施策にすぎないと受け取られやすいでしょう。
しかしそれは、顧客の中におかしな優先順位をつけるだけとなってしまい、全体的な顧客関係が損なわれる恐れがあります。
この戦略の捉え方には問題があります。
すなわち、ある顧客はACVの高いハイタッチ向けの顧客ではないかもしれませんが、このような顧客からもたらされるARR(Annual Recurring Revenue:年間経常収益、年間定期収益)の合計は、ACVの高い顧客を上回る可能性が高いということです。
そのため、これらの顧客にリーチするための適切な戦略に投資する必要があります。
CSMのリソースをACVの高い顧客に集中させることは、カスタマーサクセスの部門として長期的に持続可能なアプローチだとはいえません。どの顧客においても、テックタッチ戦略が有効な場合もありますし、ハイタッチな支援を希望していない場合もあります。
テックタッチ戦略は、顧客をセグメント化するための手法ではありません。あらゆるチャネルを通じてすべての顧客のニーズに応えるためのものです。
それでは、テックタッチ戦略において、人間的な印象を失わないためにはどうすれば良いのでしょうか。
テックタッチで得られる顧客データの価値を見逃してはいけない
カスタマーサクセスチームの多くは、デジタル戦略の構築や目標、そして検証方法を考えることに時間をかけることができていません。テックタッチのみによる成果の即効性を重視しすぎて、その結果として得られるパーソナライズされたハイタッチアプローチの実現を犠牲にしてしまっているのです。
この事態を防ぐために、まずテックタッチのベストプラクティスを導入し、そこから得られるデータの価値に気づかなければなりません。
オンボーディングの度重なる製品説明からCSMを解放するためにサイト内のオンボーディングコンテンツを充実させる。最新の製品活用における推奨事項や更新情報、その他の新鮮なコンテンツを毎月メールで顧客に配信するなどです。この視聴データから顧客の興味関心や、どのような情報が届きやすく、どのような情報は届きにくいかの分析に活用できます。
また、一定期間において特定の機能が利用されていないなどの条件に達した顧客に対しては、自動的にアンケートのコミュニケーションを行う方法も有効です。顧客の満足度の確認を自動化することで、よりよいフィードバックを得ることができます。
これらは即効性がある施策というよりは、中長期にわたって顧客のデーアを集めるという意味において、SaaSビジネスにとって非常に価値があります。
1対多のチャネルで伝えるべき価値を見極める
テックタッチは顧客との関係に付加価値を与える戦略であるべきです。特定のステップを置き換えたり、CSMが顧客に連絡することの単純な代替手段としたりすることだけを目的にすべきではありません。
したがってカスタマーサクセスチームやCSMが最初に行わなければならないのは、テックタッチ戦略のどこに付加価値があり、それをどのように実現すべきかを見極めることです。そして実施結果を評価することです。
テックタッチ戦略が貢献できるものは何か、自動化により顧客はどのようなメリットを得られるのかを整理する必要があります。そのためには、顧客と自社がやりとりしたあらゆる内容を押さえる必要があります。テックタッチ戦略の構築に着手する前に、これらの情報をハイタッチで把握しておく必要があります。
テクニカルタッチ戦略を始めるためのヒント
ここで、テックタッチ戦略を立てるためのヒントを紹介します。
特定の顧客セグメントではなく、顧客全体のカスタマージャーニーに注目する
テックタッチ戦略を立てる際には、顧客を性別や年齢、居住地域、購入金額などでセグメント化して対象を絞るのではなく、顧客全体のカスタマージャーニーに注目します。
なぜなら、セグメントにかかわらずどの顧客も自社の製品やサービスから得られる価値を最大化しようとしている点では共通しているためです。
そこで顧客の属性や購買実績でセグメントするのではなく、カスタマージャーニーの位置づけでセグメントしてテックタッチを考えます。(例:オンボーディング直後の顧客)
それが整備できてはじめて、製品やサービスに習熟して最大限の価値を得ている業界の顧客など、セグメントごとに絞った適切なタッチ戦略を立てられるようになります。
テックタッチで新たなタッチポイントを増やす
タッチポイントとは自社が顧客と接する機会を示します。タッチポイントには商品の購入時や契約時だけでなく、購買前の広告や自社のWebサイトを見たりするときや購入・契約後に新商品の案内やアップデートの案内を見るといったカスタマーサクセス以外の範疇も含まれます。
テックタッチ戦略では、これらのタッチポイントをすべて置き換えるのではなく、顧客やユーザーとのタッチポイントの数を効率的かつ適切に増やすという観点でも考えるべきです。これは、テックタッチで顧客やユーザーと自社製品やサービスとの関わりをよりいっそう深めることを目的とします。
反応しない顧客にアプローチする
人的なCSM活動に反応しない顧客は一定数存在します。しかしこのような顧客もCSM自体は必要としています。顧客は自分たちの好みのチャネルを通じて、自律的な情報収集と製品学習を行っているかもしれません。
ですから、自社のコンテンツチームと協力して、このような顧客層が自社製品やサービスからより多くの価値を得られるようなテックタッチのコンテンツを提供します。
ハイタッチ、ロータッチ、テックタッチ
ここでテックタッチの位置づけを再確認するために、SaaSビジネスにおけるエンゲージメントモデルを確認しておきましょう。参考:『Tech-touch can be the new high-touch in customer success - Custify』
ハイタッチ
ハイタッチは、CSMが顧客との間に、多くの人的時間を割いて接触するエンゲージメントモデルです。たとえばパーソナライズされたメールや電話、対面の形を取ります。
タイミングとしてはオンボーディングから毎週のリマインダーまで、多くの接触機会を持ちます。
つまり、ハイタッチは、顧客との対話を重視して応答性を高め、1対1の顧客体験を提供することを意味します。そのため、多くのリソースを必要とします。
ロータッチ
ロータッチとミッドタッチはしばしば同じ意味合いを持ち、施策者により呼び方が変わります。
ハイタッチよりも緩やかなエンゲージメントモデルで、従来から中堅企業向けに行われています。このような顧客やユーザーは複雑なサポートを必要としません。そのため、解約リスクが高まり優先度の高いケースが表れると、ハイタッチ対応に切り替えるような取り組みを行います。
ロータッチでは、ハイタッチのようにCSMが個別で積極的に顧客やユーザーと関わることはせず、一律の案内を行うモデルです。
テックタッチ(テクニカルタッチ)
テックタッチはロータッチのことだと考えている人は多いようですが、それは誤りです。確かに、SaaSビジネスを行っている企業の中には、1対多のアプローチを非人間的なロータッチと解釈している人もいます。しかし一方では顧客やユーザーの満足度を高める手法であると捉える考え方もあります。
テックタッチのモデルは、規模を拡大し続けているSaaSビジネスには適した手法です。顧客やユーザーが増えるほどCSMを増やしていくことは現実的ではありません。
そこで、テックタッチがどのように有効であるのかを確認しておきましょう。
テックタッチはハイタッチと考える
テックタッチは必ずしもノータッチやロータッチを意味していません。テックタッチは中小企業から大企業まで、あらゆるタイプの顧客やユーザーに同質の対応を行うことができることがメリットです。
また、CSMが単純なタスクに時間を割かねばならない事態を回避し、顧客にとってより魅力的なコミュニケーションにリソースを割くことができれば、テックタッチはハイタッチであると考えることができます。
顧客やユーザーは、契約の内容にかかわらず同じレベルのサービスを求めています。このことに対して、どの顧客に対しても同質のカスタマーサクセスを提供できるテックタッチはとても有効です。
また、テックタッチの採用により確保することができたCSMのリソースを、個別のサポートやアドバイスに投入することで、顧客やユーザーとの間により有意義な関係性を築くことができます。
テックタッチ・アプローチの利点
テックタッチが必ずしもロータッチではないことを解説しましたが、改めてテックタッチの利点について確認しておきます。
顧客の共通の課題を解決する
既に顧客やユーザーがつまずきやすい共通の操作やエラーが分かっているのであれば、事前にテックタッチによりアドバイスを行えます。
このことにより、カスタマーサクセス部門の担当者の電話対応を削減することができますし、顧客やユーザーが電話で待たされるストレスも軽減できます。
テックタッチは拡張性がある
SaaSビジネスが急速に成長したときに全てのチームも同じ速度で成長させることは困難です。このとき、テックタッチによる自動的な製品案内の仕組みを採用していれば、カスタマーサクセスチームはビジネスの成長に対応できます。
24時間365日の対応
テックタッチを採用することで、24時間365日、全ての顧客やユーザーに同等のサービスとサポートを提供することができます。
製品・サービスの差別化
常に横並びの技術的発展を続けているSaaSビジネスにおいては、カスタマーサクセスの差が差別化となります。そのため、全ての顧客やユーザーに同等の体験を提供できるテックタッチ戦略が重要となります。
まとめ
正しいテックタッチ戦略とは、顧客やユーザーをACVの高さによりセグメントすることではありません。
むしろ全ての顧客やユーザーのカスタマージャーニーにおいて適切なタッチポイントを設定し、顧客やユーザーが製品・サービスから最大限の価値を引き出せるようにすることが重要です。
その結果、リテンション(既存顧客維持)を強化することが可能になります。
テックタッチは、SaaSビジネスにおける、有効な差別化となりえるのです。